Radiological Protection of People and the Environment in the Event of a Large Nuclear Accident


Draft document: Radiological Protection of People and the Environment in the Event of a Large Nuclear Accident
Submitted by YAMAKI Toshinori, Japanese Society for Science and Technology Studies
Commenting as an individual

1.事故による社会的影響については,2.2.3 Societal consequences(26)(28)(29)において示されていますが,実際には被災住民にとってそれ以上の深刻な状況が生じ,困難はいまも続いています.苦しんでいる多数の被災者に共通するのは,身体的・心理的な健康被害と広範な領域における人権侵害です.これらの問題はすべて,原発事故に伴う放射性物質の放出に起因するもので,被ばく線量の多寡のみによって評価されるものではありません.とくに勧告は,事故に伴う当局や専門家の行動が,被災者にもたらされた人権侵害について触れておらず,実態の認識が不十分であると思われます.

 

2.一般に放射線の専門家は,放射線に職業的にかかわっているという事実によって,放射線被ばくに対するリスク認識が一般公衆と異なるという事実に留意すべきです.事故における放射線被ばくによって損害のみを被る一般公衆に比べて,放射線にかかわることによって利益を得る立場にある専門家は,リスクを無意識に過小評価する傾向があります.この事実が,専門家に対する住民の不信の一因になることを勧告は指摘すべきです.そうでなければ,ステークホルダーとの協力(140,204,205)は成立しないでしょう.

 

3.福島事故後においては,日本政府はICRPの勧告を正しく採用せず,誤った解釈や,故意に勧告の趣旨に反する施策が実施されました(具体例は,他のコメントにも多く指摘されています).それによって,住民は当局や専門家に対する不信感を高め,協力関係が阻害されました.勧告は,当局に対して,勧告の趣旨および参照レベルを厳密に守るよう要求することを明記すべきです.

 

4.オフサイトの住民は,オンサイトの職業的対応者responderと異なり,被ばくによる利益は皆無です.反面,低線量下で長期にわたって生活することによる社会的・心理的被害は絶大です.勧告は,当局や専門家が,この区別を明確にすべきであることを明記すべきです.

 

5.被ばくの対象となる個々人は,放射線被ばくに対する感度や耐性について千差万別です.一定の線量以下だからすべての個人について安全であるといった助言がなされがちですが,個々の被災者自身の立場からするとナンセンスです.勧告では,小児と妊婦以外は同等に扱われていますが,高齢者,病弱者,その他個々人の心理的特性によってリスク認識や実際の影響の程度は異なることを無視すべきではありません.

 

6.初期被ばくの予測や実測値についての情報は,被災者に知らされず,誤った避難による無用な被ばくが生じました.勧告は,当局が事故直後に示すいわゆるエリートパニックによって情報を隠蔽する傾向があることを強く警告すべきです.→(89)

 

7.甲状腺に対する初期被ばくについての実態把握は,極めて貧弱にしか行われませんでした→(201).その結果,小児甲状腺への被ばくの影響を過小評価しようとする専門家と,将来を含む被ばくに恐れを抱く市民の間で衝突が起きています.このような状況では,勧告の謳うco-expertise(7,205-212)は画餅にすぎません.勧告はco-expertiseがいかにして成立しうるかについての方向性を示すべきです.

 

8.(133,134):農作物やミルクの出荷停止に伴って,生産者の自殺が相次ぎました.勧告はそのような事態が予想されることを指摘し,防止策が必要であることを明記すべきです.

 

9.(136,137)「一時的移住」と「避難」の区別があいまいです.実際には福島事故においては区別されず,長期にわたって避難者は放置され,不法でかつ深刻な状況に陥っています.当局が避難住民に対し,汚染地域への拙速な帰還を促す一方,自主的な避難者を切り捨てる政策をとったことにより,重大な人権侵害が発生し,住民は裁判に訴えるしかない状況になっています.ICRPは,当局に対してこのような事態を導かないことを強く勧告するべきです.→(160)

 

10.(156)福島からの避難者に対する聞き取りでは,多くの避難者が(家族同士の離合集散を伴う)数回以上の避難を繰り返していることがわかっています(『原発災害・避難年表』すいれん舎,2018,117-166).避難先の住居の確保や就職は,避難者にとって至難であり,当局による支援が圧倒的に不足しています.ICRPは,当局が避難者に対する長期的に十全な施策を実施することを勧告すべきです.

 

11.農地が汚染され,もとの収入が得られなくなった農家に対して,裁判によっても農地を回復する保証が得られない事実があります(農地回復訴訟).生産者が,放射性物質の拡散による損害を甘受しなければならないという矛盾に対して,国家が適切な立法措置を取るよう,ICRPは勧告を行うべきです.

 

12.(175):「10mSvを超える必要はないであろう」は,被ばく者にとって,違和感のある表現です.→「10mSvを超えないようにするべきであろう」などとするべきです.

 

13.(194):福島県以外の地域において,食品その他のモニタリングは体系的に行われていません.近接の各県において,基準を超えて汚染された山菜やキノコなどのデータが,現在でも相次いでいます.モニタリングは行政区を限定せず,実際の汚染分布に即した十分に広い範囲で行うことを明記するべきです.

 

14.(200):福島における健康調査は,住民から見てきわめて不十分なものです.固形がんなど一部の疾病などを対象とした限定的な調査しか行われておらず,放射線による未知の影響は解明されず,住民の不安にこたえることができていません.(202)で,ステークホルダーを参加させることを勧告していることを歓迎しますが,一部の専門家による先入見を持った調査にならないようにすることを明記すべきです.

 

15.放射線防護に関する専門家は,通常労働者被ばくに対する管理に従事していると思いますが,事故による一般公衆の被曝に対する防護は,100%メリットのないリスクである計画外の放射線被ばくに対する防護であり,従来の放射線防護文化とは異なるという認識を持つべきです.起こってはならない事故によって被ばくまたは被ばくのリスクにさらされた住民のための放射線防護においては,原子力推進を前提にした立場からの助言では,住民の信頼を得られないことを十分認識すべきです.理想的には,原子力推進体制から独立した機関または個人の専門家が採用されることが必要です.それは,ICRPの独立性と信頼性にとっても重要なことと考えます.

 

以上.

Comment

Back